海外での暮らしが始まり、地元の人々と深く接するようになってきて一番強く感じること、また、接するようにならないと絶対に分からないことは「習慣」や「宗教」に起因する「価値観」の差です。
日本人の常識としては学校を卒業して就職し社会人となったら、できるだけ親や周囲の人々に頼らず、自分の生活に責任を持って何事も解決できるようになること、結婚し、家庭を築き上げ、子供たちを自分と同じように自立させ、リタイア世代に入っても、金銭面でも生活面でもできるだけ子供たちに頼らず、自分たちで自分たちの生活をやりくりしていくのが理想とされています。
要するに、年齢に関係なく「自分自身の自立」を最重要視しているのです。
ですが、多くのアジア諸国では仏教、ヒンドゥー、イスラムなどの宗教を深く信仰する人々が多いことなどから、「恵まれた人が貧しい人に施しをするのは当たり前の行為」「家族が深く助け合うのは常識」と思っています。
これは特に金銭面において日本人の価値観との違いを感じます。
極端な例では、道端に座り込んでいる物乞いの人に、外国人がお金を与えないで素通りすると、それは地元の人から見れば大変心の汚い人に映る行為なのです。
そんな背景ですから、日本人の生き方は彼らの目には美しいものとして映らず、「子供の面倒を見ない親」「年老いた親の面倒を見ない子供」として映っている場合が多いのです。
特に国際結婚などをして海外在住する場合、否応なしに外国人である自分の配偶者の家族とも深くお付き合いをしていくことが必要となります。そうなると目につく「価値観の差」は本当に様々な方面に渡ると思います。
旅行者が利用するホテルなどの施設などで働いている地元の人は、自分の国の嫌な部分を外国人旅行者に見せたくないという気持ちが働きますから、そういう場所で人々の「現実」を見ることは大変難しいことです。
生活水準に差があるアジアの国で在住を始めるためには、あらゆる面で「理想」と「現実」のギャップをある程度覚悟しておく心の前準備が必要になります。